ふたりの死

こんにちは宮崎県在住 linoliono です。

母は死ぬまで、本音で生きた。

自分が思っていることは、全て口に出す。
誰にでも。
いわゆる
おせっかいおばさん。
近所の子供でも悪いことをしていたら、
すぐ注意する。
曲がったことが嫌い。

だから母を好きな人、嫌いな人、、
はっきり分かれていた。

まさしく陰陽

リーダー等も率先してするタイプ。
私と逆。

だからわたしは、就職は地元でしたく
なかった。
母の名前を知らないところではたらき
たかった。
なぜなら、地元で名前を言うと「あー○○
さん」とすぐ言われるから。。

すごく嫌だった。
自由過ぎる母がすきだけどきらいだった。
学校の役員も毎年していた。
母が目立つのが嫌だった。

だけどこれは「愛」だったんだ。。

わたしは、本音を言わない我慢する事を選
んだので、ものすごくつらかった。
それを選んでいたのもわからなかった。

母みたいに生きていれば、、、
こんなにつらくなかったと思う。

母は毎日がいつも楽しそうであった。
毎日笑っていた。
やりたいことは全て挑戦していた。

「バレー、ミニバレー、ゴルフ、
ボランティア、踊り、お笑い、菊つくり
婦人会、農協婦人部、母子会、赤十字活
動、グランドゴルフ、草月流の花、等々」

母は生きる姿をみせていたのに、、

ただ母は本音で生きてきたが、伝え方が
下手で誤解をされたり、トラブルになったり
。。。ストレートすぎた。

今になったらそうおもう。

今頃きっと天国でくしゃみをしていると
おもう。

わたしはたくさんの「愛」をもらって、
そだててもらった。

今は感謝しかない。

もっと生きているとき感謝の言葉とかいって
おけばよかった。。
今生きていたら、何回でもいえるのに。
生きているときは、てれくさいし。。

やっぱり言えないのかな・・

料理も上手で時間も早い。
お弁当には冷凍食品は一個も入っていなか
った。すべて手作り。
また食べたいけどもうたべられない。

「食」の大事な事も教えてもらった。

だけど今は一人なので、ついつい楽な方にな
がされている私

「ごはんたべたね~。やさいたべたね~」
「また。そんな食事して~」
と天国で言ってると思う。

母の事をブログに書くと、涙がとまらない。
今も鼻水ダラダラでかいている。。
あー悲しい
涙がでなくなる日がくるのかな?

もうすぐ、父の亡くなった年に兄がなる、、
兄をみるとすごく複雑、、
こんなに早く父はなくなったのかと思うと、

「今」を生きないといけないと本当に思う。
「一生懸命いきる」
「たのしく」

父は交通事故で即死。。

朝はすごく元気だった。。
「いってきます」
と仕事にでかけて、、
帰ってきたときは、、、

父の死もうけいれるまでものすご
く時間がかかった。

父には何にもしてあげられなかった。。
もっとしゃべったり、あそびにいったり、
旅行にいったり、料理を作ってあげたり
食事にいったり、花嫁姿をみせたり
(まだいってないが。笑。)
孫をみせたり、、(産んでいないが)

色々でてくる。

母にはたくさんすることができたので、
後悔はない。

今頃ふたりで、私のブログ読んでるかな~

「また泣いてるね~」と父とふたりで
仲良く話をしていると思う。。

「まっこち 泣き虫やね~」

二人を早く安心させたい。。

そして

兄にはたくさん

長生きしてもらいたい。
父のぶんまで。。

 

こちらの記事もよく読まれています

  1. 母の入院

  2. 親思う心にまさる親心

  3. 命 奇跡はおきる 感謝

  4. やさしくできなかった。

  5. アロマオイル

  6. 笑顔